「森喜朗氏不適切発言」についての田渕見解

えりこ
こんにちは。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議委員会にて不適切発言をされた件について、ジェンダーイコール田渕の見解を表明しておきたいと思います。

発言が多くて時間のかかる会議は問題?

森会長は、女性理事を増やすJOCの方針に対する私見として、以下の発言をしたとされています。

  • 女性理事を選ぶっていうのは文科省がうるさく言うんです。だけど、女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。
  • ラグビー協会、今までの倍の時間がかかる。女性は今、5人か。女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね。それで、みんな発言される。
  • 女性の数を増やしていく場合は、この発言の時間もある程度は規制をしておかないとなかなか終わらないので困る、と誰かが言っていた。
  • 私どもの組織委員会にも女性は7人くらいおられる。みんなわきまえておられて、みんな競技団体のご出身で、国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりですから、お話も的を射たご発信をされて非常にわれわれも役立っている

これを読んで、女性蔑視発言であることは間違いありませんが、「そもそも森会長ご自身は、何を問題視しているんだろう?」と、疑問に感じました。

確かにダラダラ議論が長引くのは考えものですが、もしそんなことが続くようであれば、長引かないように会議ルールを決めれば済む話です。そもそも会議において発言が多いことは喜ばしいことであり、むしろ発言が無さすぎて結論が出ずに長引く会議だってあるはずです。
森会長は、「わきまえてもらう」ことに居心地の良さを感じる方なんだと思いますが、わきまえる社会に問題があるからこそ、多様性が注目を浴びているのです。司馬遼太郎の「峠」によると、江戸時代の武士たちで行われる藩会議などでは、みんながわきまえすぎて結論が出ずにダラダラ会議が続くことはよくあったそうですよ。江戸時代まで遡らずとも、現代の日本企業において無駄な会議が多いという声はよく聞くと思います。建設的な議論の向き不向きに性別は全く関係ありません。
むしろ森会長の周囲にいる方々が同質的すぎて、全く多様性に欠けているのでは?それこそ大問題です。

要は時代に合っていない

もう83歳のご年配者に対してあーだこーだ言っても無駄だということは誰もが痛いほどよくわかっていると思います。

世代によって、生きてきた時代の背景が違うんだから、価値観が違って当然です。

森会長は1937年生まれで現在83歳でいらっしゃいます。
幼少期は戦時中であり、青年時代は性別役割分担が明確だった高度経済成長期です。性別役割分担が不要になった現代の日本とは全く違う時代背景で生きてこられた方なのです。

つまり、森会長が問題なのではなく、「多様性」を大会ビジョンに掲げている今回の東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会のトップに森会長を選んでいることが大問題なのです。

結論

という訳で、私としては、価値観の違う背景の時代で育ってきた森会長個人を批判するつもりは全く無いです。むしろ長年にわたって政治家として日本を牽引され、また日本のスポーツ発展のために奔走されてきたご功績には尊敬の念しかありません。
しかしながら、今回のご発言は、どう考えてもオリンピック委員会会長としてはふさわしくありません。それとこれとは切り離して考える必要があります。

もうそろそろ潔くこの辺で辞任された方が良い。辞任されることで、他の政治家や権力者へのジェンダー差別発言の抑止力になるでしょう。それが功を奏し、日本の多様性発展につながる可能性も大いにあります。潔く辞任された方がかっこいいです。

ジェンダーイコール田渕は、森会長の辞任を希望します。


change.orgにて、「女性蔑視発言「女性入る会議は時間かかる」森喜朗会長の処遇の検討および再発防止を求めます」というオンライン署名活動が実施されています。
今回の件を問題に感じた方はぜひ、こちらで賛同表明をされてみてください。

一人ひとりの行動がより社会を変えます。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

NPO法人ジェンダーイコール代表理事 田渕 恵梨子

「性差(ジェンダー)の日本史」展レポート【後編】

えりこ
あけましておめでとうございます。今年もジェンダーギャップ解消に向けた活動に邁進します。本年もよろしくお願いいたします!
千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館にて、2020年10月6日-12月6日の会期で開催された「性差(ジェンダー)の日本史」展レポート。
前編中編に続き、今回はいよいよラストの後編です!「近世・近代」について学んだことをシェアします。

職業のジェンダー

近世には、商家や武家屋敷に奉公するにしても、最低限読み書きの能力を求められることが多かったそうです。江戸後期には、男女問わず手習い塾(寺子屋)に通う子どもの多い地域もありました。
という事で、教育は比較的ジェンダー平等だったようですが、職業はどうでしょうか?
近世後期は中世に引き続き、多種多様な「職人」の姿を描くという趣向が好まれたものの、中世とは異なり、「職人」は男性を指すという傾向が強まったそうです。
103種の「職人」を描いた図鑑「近世職人尽絵師(きんせいしょくにんづくしえことば)」はほとんどが男性で、女性は遊女、夜鷹、町芸者、岡場所の売女など、性的な要素の強い職種と、巫女、夫婦者(豆腐屋と鰻屋)のみで、手工業に携わる女性は皆無だそうです。
上記で「夜鷹(よたか)」という職業名が出ましたが、これは遊郭などで稼げなくなり、仕方なしに路上や川べりで客を捕まえてそば一杯の値段で身売りしていた遊女のことです。これは果たして職業なんでしょうか?おそらく夜鷹になりたくてなった人などいないはずです。
それを職人リストのような所に並べられるなんて、当人たちにとってはこの上ない屈辱だったろうと思います。(本当に近世職人尽絵師に夜鷹が紹介されているかは定かではありません)


話を戻します。
近世社会では、同じ職業に携わる者の集団が、身分集団として公的・政治的役割を負い、それぞれの集団は、通常、男性家長を中心とする小経営の家を単位として成り立っていたそうです。職人の集団もそのひとつであり、“職人といえば男性”という通念は、このような社会のなかで生まれたようです。


女髪結

ここで「女髪結」の話が興味深かったのでご紹介します。
女性がみんな髪を結うようになったのは、江戸時代に入ってからだそうです。それまでは貴族や武士の間でも垂髪(すべらかし)が一般的でした。
長い黒髪を垂らした「垂髪(すべからし)」 出典:ポーラ文化研究所

女性の髪型が垂髪から結髪に変わるにつれ、女髪結が登場するようになりました。多くの女髪結は、櫛などを布に包んで持ち歩き顧客を訪ねて営業したそうです。

しかし、天保改革により、「女は自分で自分の髪を結うべきだ」という理屈から、女髪結が取締りの対象となりました。
一体なぜ取り締まる必要性があったのでしょうか?
調べてみたらこちらに詳しい記事がありました。以下、引用します。

女髪結を禁止は、寛政七年(1795年)10月、老中松平定信が主導する幕府の寛政の改革にて、以下の理由により実施されました。

「以前は女髪結はいなかったし、金を出して髪を結ってもらう女もいなかった。ところが近頃、女髪結があちこちに現れ、遊女や歌舞伎の女形風に髪を結い立て、衣服も華美なものを着て風俗を乱している。とんでもないことだし、そんな娘を持つ両親はなんと心得ているのか。女は万事、分相応の身だしなみをすべきだ。近年は身分軽き者の妻や娘たちまでもが髪を自分で結わないというではないか。そこで女髪結は、今後は一切禁止する。それを生業なりわいとする娘たちは職業を変え、仕立て屋や洗濯などをして生計を立てるように」

質素倹約を改革の主眼としていた幕府は、近年の庶民女性の風俗は華美に流れており、その責任の一端は女髪結にあると判断したのだ。なお、この文面から、当時の女髪結はすでに女性中心の職業だったことがわかる。

改革を主導したこの老中、まるで、「風紀が乱れるからツーブロック禁止!パーマ禁止!茶髪禁止!学生たるものは云々!」とか言ってブラック校則を指導する教師のようですねw

しかし、厳しい取り締まりを繰り返しても一向に女髪結は姿を消さなかったそうです。
ではその後、どうなったのでしょうか?

さて、このような摘発をおこなったにもかかわらず、一向に女髪結は姿を消さなかった。江戸の町奉行所は、嘉永六年(1853)五月三日、町の名主たちに「女髪結之儀ニ付御教諭」という通達を発した。そこには次のようなことが記されている。

「かつて女髪結は厳禁されていたが、密かに調べたところ千四百人あまりもいることがわかった。そのままにしておけないのですぐに捕まえるべきだが、このたびは特別な計らいで吟味の沙汰にはおよばない。
中略
いかがであろうか。天保の改革の十年前と比べて、規制が驚くほど甘くなっている。それはそうだろう。だって千四百人も女髪結がいるのだから。つまり幕府の禁令も美しい髪型をして町を練り歩きたいという女性の願いにはわなかったのである。

女髪結いの摘発はいたちごっこだったようですね。しかし、よく女髪結が1400人もいることを調べ上げましたよね。すごい捜査力!あっぱれ!そして暇人w

「美しい髪型をしたい」という欲求は、次第に文化として定着しました。一度文化が定着すれば、いくら国が取り締まろうにもそう容易く根絶やしにできるものではありません。「欲求」というエネルギーは強大です。


さて話が変わりますが、本展示会では、「性の売買」についても詳しく紹介されていました。ジェンダーを考えるにあたり、非常に重要なキーワードです。
ぜひご紹介したいところですが、ものすごく長くなりそうなので別に機会に改めます。

明治国家とジェンダー

江戸時代、江戸城や大名屋敷など政治空間では、「表と奥」、「公と私」という区分のもとで、女性が奥に閉じ込められた時代と考えられてきました。ところが近年の研究によって、正妻や奥女中が果たす政治的権能の実態が解明されてきています。
しかし、明治期に入り、女性たちが発揮してきた政治的権能は否定され、女性は政治空間から排除されました。
明治国家は、政府と天皇の「家」の分離を原則としていた。これによって、女性は政治空間から排除されてゆくことになった。皇位継承については、当初は政府内にも女帝を容認する意見もあったが、法務官僚井上毅がこれに強く反対した。こうして、1889(明治22)年に制定された皇室典範と大日本帝国憲法は、男系・男性による皇位継承を明記した。この時期に整備された選挙制度や地方制度においても、女性の政治参加は否定されていた。
これを読んで「腹立たしい差別だ」と思う方がいるかもしれませんが、個人的には時代背景を考えると自然な流れのように思います。 約260年という長きに渡る天下泰平の世をもたらした江戸時代。これにより誰もが平和ボケし、幕府は弱体化の一途をたどりました。
そこで、迫りくる外国の脅威に危機を感じた一部の志士たちが立ち上がり、封建社会をぶっ潰して近代化改革を実現したのが明治維新です。

この一連の流れは女性の陰なる支えがあったにせよ、やはり功労者は男性の志士たちだと思わざるを得ません。

彼らは死にものぐるいで新しい国をつくりましたし、「自分たちがつくり上げた」という自負もあったと思います。

そこに「ジェンダー平等」という思想を取り込む余裕なんて全く無かったと思うのです。

私は良し悪しではなく、それが歴史である以上、感情に左右されず、時代を作ってくれた人々に感謝の気持ちを持つことが大事だと思っています。

ともかく、女性は政治空間から排除されました。そして今の時代につながる「男性主導の社会」が生まれました

近代の政治空間とジェンダー

それまでの近世において、「性差」は、政治空間や「家」の継承・運営に関わる女性を排除する絶対的な区分ではありませんでした。
男系であれば女性は天皇位につくことができました。
「家」の継承や運営をめぐって女性たちは「奥」での役割を担いました。
夫婦は別姓で、妻は生家の氏を名乗りました。

法律婚によって妻に夫の氏を名乗ることを決めたのは明治民法の規定が初めてです

明治における新しい政治システムは、性差に絶対的な意味をもたせ、女性を排除しました。

政治参加を男性に限定した「衆議院議員選挙法」(1889年明治22年)、女性の加入・政談集会発起の禁止を明記した翌年の「集会及政社法」、これを継承した「治安警察法」(1900年明治33年)は明確な「女性」の排除規定を備えました。

6世紀末に即位した推古天皇をはじめ、飛鳥、奈良、江戸時代において、計10代8人の女性天皇が誕生しましたが、明治時代に制定された旧皇室典範にて皇位継承者を「男系男子」に限ると定め、現行の皇室典範にも同様の規定が引き継がれました。

さらに明治民法の施行(1898明治31年)は女性を法の制度によって公的政治空間の対象外とし、労働をめぐっては性別役割という構造的な不平等のもとに置きました。

高等文官試験や代言人試験など、試験制度によるキャリア獲得競争において女性は参入資格を持ちませんでした。(女性初の弁護士誕生は昭和期)

近代の職業とジェンダー

近代国家は教育資格と職業をつなぐ制度設計から女性を排除しました。

新たな教育制度は職業獲得への期待を高めましたが、女子の高等女学校は男子中学校と同等の中等教育にとどまり、帝国大学を始め、多くの高等教育は原則として女性に解放されませんでした。
その一方で、現実社会の農業労働の場では、女性や子どもも重要な稼ぎ手でした。

大正期以降は都市部で「職業婦人」として電話交換手や女子計算員など技術職が注目されましたが、女性の雇用増加はジェンダーによる職務の固定のもとにありました。

また、明治期には官吏の試験制度が整備されましたが、受験資格は男性に限られました。とはいえ、戦前の官庁にも「非正規雇用の位置づけ」としての女性はいたそうです。特に逓信省は電話交換手や、郵便貯金の計算事務に多くの女性を雇用しました。一部は下級の官吏である判任官に登用されましたが、男性と比べて昇進には限界がありました。


工場労働とジェンダー

工場法施行後、大手工場ではある程度は福利施設が普及し、女工の待遇は改善へと向かったようです。従業員への日用品廉価販売も行われ、その中には月経帯(生理用品)もありました。

女工にとっては格安購入のメリットがある一方で、工場側にとっては、月経時の女工の労働能率を維持するという課題の解決策であった。これを工場側の提供した福利増進の一環とみなすのか、はたまた身体管理の強化とみなすのかについては、両面の評価がありうるだろう。
上記引用は、展示会にあった説明文ですが、少し含みがあり、個人的には違和感を覚えました。

企業として雇用者の労働能率の維持または向上を意識するのは当然のことだと思います。生理用品の廉価販売が身体管理の強化の意図を含むのは経営戦略であり、何ら問題は無いのではないかと個人的には思います。

コンピューターとジェンダー

第二次世界大戦の前後、軍事関係業務のため導入されたコンピューター(計算手)の多くは女性だったそうです。
彼女たちのほとんどは、専門的な教育を受けていませんでしたが、複雑な計算労働が単純化され、多くの女性が働く職場となっていきました。

戦後になると、オペレーターやキーパンチャーが女性の仕事の花形となっていく一方、プログラマーやシステムエンジニアは男性的職業とみなされるようになったそうです。

1969(昭和44)年に新設された情報処理技術者認定試験は男女問わず受験することができました。しかし、24時間稼働するコンピューターに合わせて働く労働環境と家事・育児は女性にというジェンダーバイアスが相俟って男性性が強まったそうです。

私自身、10年近くシステムエンジニアとして働いていた過去がありますが、思い返すと確かに圧倒的に男性が多かったです。
当時は子育てしていなかったので特に意識しませんでしたが、妊娠をきっかけにこの職から離れたのは、育児の両立が難しいと判断したためです。キャリアチェンジをしたことで今の自分につながっているので後悔はしていませんが、今は当時に比べて格段に環境が整っていますし、システムエンジニアやプログラマーこそ在宅ワークがしやすく、性別に関わらず仕事と育児を両立させられる職種ではないでしょうか。
セキュリティがどうとか勤務時間がどうとか反論もあるでしょうが、すべては企業の覚悟とやり方次第だと思います。

まとめ

さて、今回は思いのほか長くなってしまいました。

やはり現代に近づくと思いが強くなり、書きたいことが増えるものですね。

これまで見てきたように、現在の日本におけるジェンダーは明治時代に確立したと言っても過言ではありません。

明治は初めて日本人が日本人としての自覚をもち、諸外国と肩を並べる国づくりを目指した時代です。

日清・日露戦争では、せっかく自分たちの手で作り上げたばかりの新日本を属国にする訳にはいかないという意地と意気込みがあったからこそ、国民が力を合わせて必死に戦って勝利を掴むことができました。

当時の戦争は、今のようにボタン1つで相手を攻撃できるような技術は無く、すべて肉弾戦です。
男性でなければ戦えませんでした。一方で女性は家を守りました。
こういった性別役割分担が功を奏したからこそ日本は繁栄し、今のわたしたちがあると思うのです。

しかし時代は変わり、現代の日本のおいては旧来の性別役割分担が不要になりました。

性別に関わらず誰もが自分のやりたいことにチャレンジできる社会が到来
しています。

私たちの「あたりまえ」は時代と共に変化します。
人間とはどんどん変化する生き物です。

その変化に対応できない人たちは、歴史が何度も繰り返しているように淘汰されるでしょう。

昔は性別役割分担が必要だった。しかし今は不要になった。ただそれだけの話です。

「引き継ぐべきものと捨てるべきもの」。視野を広げ、時代の変化を敏感に察知して、取捨選択をする。

いつの時代も、この価値観が生き残るためのキーワードだと思います。

ありがとうございました!

「性差(ジェンダー)の日本史」展レポート【中編】

えりこ
千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館にて、2020年10月6日-12月6日の会期で開催された「性差(ジェンダー)の日本史」展に行ってきました。
会場は撮影NGのため、画像を共有することはできませんが、テキストで概要をお伝えできればと思います。
今回は中編です。 前編はこちら



中世:政治空間と女性

平安時代以降、朝廷の政務の場は男性のものとなりました。

行事の際には多くの女房(上級女性官人)が随行したものの、女房たちの居場所は「御簾(みす)の内側」であり、女性は政治空間において「見えない」存在だったそうです。

 

律令官僚制は女性を政治・行政から排除するものであった。
女性官人は「後宮十二司(こうきゅうじゅうにし)」と呼ばれる内廷官司に編成され、官位を得て朝廷で働く道は残されたものの、平安時代の10世紀中頃までに後宮十二司は解体されて、天皇に近侍する上級女性官人(女房)と、それぞれ特定の業務にあたる下級女性官人(女官)とに再編された。
上級女性官人は、官位は有しているものの、天皇との「直接的人格的主従関係」を色濃く帯びた存在だったそうです。私は「お付き人」と解釈しました。

下級女性官人は、殿司(でんし/灯火の管理など)、掃司(そうし/格子の上げ下げなど)、闈司(いし/取り次ぎなど)、采女(うねめ/天皇食膳の運搬)、女嬬(雑用)といった奉仕に従事していたそうです。私は「お手伝いさん」と解釈しました。

要は、女性も官位はあるものの直接的な政治・行政からは排除されたということです。



貴族社会における「女の幸せ」

一条天皇の皇后藤原定子(ふじわらのていし)に仕えた女房清少納言が、摂関時代の貴族社会における「女の幸せ」観を述べた文章が残っているので、その現代文の解説を紹介します。



官位の高さが何にも勝る価値基準となるのは宮廷社会の基本的通年であるとして、男は官位があがっていくにつれて社会的に重んじられもするのに対して、女が高い官職・位階に就けるのは典侍や三位に叙される天皇の乳母くらいのもの。したがって官位を得ることなど目指さず、受領(諸国の長官、莫大な蓄財が可能だった)の奥方になって夫と任国に赴き、裕福に暮らすことが並の家柄の女にとって最上の幸せとされているが、それより玉の輿に乗って生んだ姫君が皇后になるのが最高というべきだ。
いかがでしょうか?要は

女は仕事で上を目指すのではなく、高収入の男と結婚して夫の赴任先に帯同し、将来的に娘が玉の輿の乗ってくれたら最高だよね

と言っているのです。

ひと昔前、バブル時代に女性が結婚相手の条件として、高収入・高学歴・高身長の「三高」を求め、夫の海外赴任に帯同して駐在妻になることが「女の幸せ」と言われていた頃となんら変わらないように思います。

ジェンダー格差是正の活動をしている私にとって、このジェンダー感が1000年以上続いていたのかと思うと絶句です。



中世の家と宗教

次に、「中世の家と宗教」について見ていきましょう。
律令官僚制が確立してからは、身分や階層を越えて、父系的な「家」が形成されていきました。



中世には、身分や階層を越えて、父系的な「家」が形成された。夫婦の関係や妻の役割が重視される中で、夫を亡くした後家はその菩提を弔いつつ、子どもたちを指揮する権限を持ち、家の代表者として社会的に認められる。他方、次第に制限されながらも、中世の女性には財産の所有・管理が認められていた。

 

この頃は、女性にも財産権がありましたが、鎌倉後期には「所領の分散化を防ぐ」といった目的で、嫡子単独相続が広がるなど、武家における女性の地位は次第に変化していったそうです。



仏教会にみる女性差別観の受容と深化

仏教には元来、

女性差別的要素が含まれていたそうです。

中世の旧仏教諸宗、及び新たにひらかれた諸宗においても、女性は五障三従(ごしょうさんじゅう)の罪を負うという「女人罪業観(にょにんざいごうかん)」が広く共有されていった。
仏教経典のひとつ「法華経」(提婆達多品(だいばだったぼん))にみえる龍女成仏の物語には、女性は梵天王(梵天王)、帝釈(たいしゃく)、魔王(まおう)、転輪聖王(てんりんじょうおう)、仏身の5つにはなれない「五障」の身であるとの説に対し、八歳の龍王の娘がたちまち「変成男子(へんじょうなんし)」して、成仏したとある。

 

ひどい女性差別でびっくりしますが、救いは曹洞宗の祖師道元のように、きっぱりと男女の罪業の差異、女人結界(女性が聖域に入ることを禁じる)を批判した宗教者もいたことです。

しかしながら、後の時代になると、いずれの教団も伝道に際し、

女性を救われがたい劣った存在

とみなす差別的思想を背景に、変成男子説や女人往生・成仏論(女性は往生成仏できないという考え)を盛んに持ち出し、女人救済を唱えたそうです。

 

平安時代になると、社会が男性中心となり、家父長的な家が貴族階層で成立するにともない女性差別観が立ち現れ、中世にかけて、女性は男性より罪深いという女人罪業感が広まった。

 

また、中世後期には、

出産や月経によって流れる血が、女性の堕地獄の原因

と考えられるようになり、戦国期を経て江戸時代には、血の池地獄からの救済を眼目とする「血盆経(けつぼんきょう)」に対する信仰が広まったそうです。
生命を誕生させるために機能している「月経」がこんな邪悪な扱いをされるなんて・・・

もしタイムマシンがあれば、医師や専門家にこの時代に行ってもらって、「生理にしくみ」についてプレゼンしていただきたいものです。

こちらは絵巻「病草紙」で有名な肥満の女(部分)です。
高利貸しで成功を収め富者となった「女」が美食を貪ったために、支えがなければ歩けないほどの肥満(=病気)となっている様が描かれています。



そばに授乳する健康的な身体の「母」の姿を対照的に描くことによって、「女」に割り振られた社会的役割の逸脱を暗示する。

 

仏教における女性差別は、女性の身体に向けられるまなざしや描かれ方にも影響を及ぼしています。



女性の身体は、その仕草、髪型や乳房の形状、着衣の有無や種類、着こなしなどによって表現されてきた。女性表象は、一面において彼女たちの労働を含む日々の暮らしの実態を伝える。だが他方で、女性を劣ったものとみなし、恐れる男性の意識によって作りだされ、差別を強化した側面があったことは見逃せない。

 


ジェンダー区分について、前編の「古代」ではあからさまな違いは見られなかったものの、今回の「中世」では、政治や宗教による女性差別によって確立されていく様子がわかりました。

興味深いのは女性特有の「月経」を女性差別の標的にしている点です。「出産や月経によって流れる血が、女性の堕地獄の原因と考えられるようになった」とありましたが、もしかしたら無知ではなく、確信犯だったかもしれません。もはや今となってはどちらでも良いですが、問題は1000年以上の時を経て、いまだに日本では政治・経済におけるジェンダー格差が存在しているということです。
この歴史を繰り返さないためにも、やはり今こそ偏見を無くし、ジェンダー格差の無い社会の実現が必要だと感じました。



今回はここまで

次回は後編として、「近世・近代」について学んだことをシェアしたいと思います。お楽しみに!

「性差(ジェンダー)の日本史」展レポート【前編】

えりこ
千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館にて、2020年10月6日-12月6日の会期で開催された「性差(ジェンダー)の日本史」展に行ってきました。
会場は撮影NGのため、画像を共有することはできませんが、テキストで概要をお伝えできればと思います。
今回は前編です。

古代から近代まで全7章の展示

会場は以下のような章立てで展示されていました。
第1章 古代社会の男女
第2章 中世の政治と男女
第3章 中世の家と宗教
第4章 仕事とくらしのジェンダー ー中世から近世へー
第5章 分離から排除へ ー近世・近代の政治空間とジェンダーの変容ー
第6章 性の売買と社会
第7章 仕事とくらしのジェンダー ー近代から現代へー

古代社会:卑弥呼の時代はジェンダー格差がなかった!?

日本の歴史で女性リーダーといえば邪馬台国を統治した「卑弥呼(ひみこ)」を思い浮かべる方が多いと思います。当時のジェンダー感はどのようなものだったのでしょうか?

 

魏志倭人伝は、倭の政治集会「会同」に男女が参加したと記す。
小国の首長たちが男王をたててうまくいかなかったので、次には卑弥呼を「共立」して王にした。考古学の成果によると、この頃から古墳時代にかけて、男女の首長が各地にいたらしい。
男女の政治参加があたりまえの社会で、男女の首長が卑弥呼を王に選んだ。
6世紀半ばから8世紀半ばの皇位継承は女性が多い。

展示パネルにはこのように書かれていました。

 

邪馬台国時代には、男女の性別役割の観点があまりなく、首長は男女に関わらず適任者が選ばれていたようですね。

古墳時代:前期までは女性の首長が多く存在したものの中期以降は女性の地位が大きく変化

前方後円墳の時代は、女性首長が数多く存在したそうです。実際のところ弥生時代の後期(一世紀後半)から古墳時代前期(四世紀)にかけて、女性首長と考えられる人物は一般的に存在したとのこと。

 

しかし、古墳時代中期になると女性の地位が大きく変化し、前期とは異なり女性首長の割合が急速に減少したようです。

 

韓半島をめぐる軍事的緊張が背景にあり、武器・武具の副葬が重視されようになる。女性首長は軍事的緊張により姿を消していったと考えられる。しかし、中期以降においても中小規模の古墳には女性首長の埋葬は引き続き認められる。

これはジェンダーの歴史において見逃せない変化ですね。

 

軍事的緊張のきっかけにより、男女の分業化が進んだのです。

 

律令期:ジェンダー区分の確立

律令国家が成立すると、衣料生産において重層的な男女の分業化が進んだそうです。

 

律令国家が成立すると、衣料生産において重層的な男女の分業化が進む。高級な絹織物の織成に男性が従事する一方、平織りの絹や麻布も、成人男性が負担する税として国家に納めることが義務づけられていたが、実際に織ったのは、生活のなかで腰機の技術を保持していた女性たちであった。

7世紀末以前の系譜は男女を明確に区分していなかった

とはいえ、7世紀末以前の系譜は、のちの戸籍のように男女を明確に区分する父系系譜の異なる独特の様式で書かれていたそうです。

 

「娶いて生む子/児(みあいてうむこ)」という定形句で、父と母を相称的に記載する。天皇の系譜も男女の判別がない「王」号で記されていた。
その基盤には、父方母方双方の一族と関係を重視する、当時の親族関係のしくみがあった。

展示パネルに

「社会の全成員を男と女に二分し、異なる役割を定める制度は、歴史の所産にほかならない。」

と書かれてあったのが印象的でした。

 

今回はここまで

次回は中編として、「中世」について学んだことをシェアしたいと思います。お楽しみに!
中編はこちら

【イベントレポート】「ミニマム収納」と「ミニマム家事」運気アップ講座

こんにちは!ジェンダーイコール田渕です。
東京都北区地域づくり応援団事業「家庭内の家事分担におけるジェンダーギャップ解消事業」の1つとして「ミニマム収納」と「ミニマム家事」運気アップ講座を開催しました!イベントの様子をお伝えします。


イベント概要

■ 日時:2020年1月5日(日)、3月15日(日)14:00〜16:15
■ 場所:スペースゆう(北区男女共同参画活動拠点施設)(北とぴあ5階)
■ 主催:NPO法人ジェンダーイコール
■ 後援:東京都北区
■ 講師:寺尾 江里子(収納アドバイザー)、松本 璃奈(NPO法人ジェンダーイコールメンバー)
■レジュメ
◯第1部「収納用品はもう要らない!3つのステップで片付け上手になるミニマム収納セミナー」
 ①主催者からのご挨拶、講師紹介
 ②ミニマム収納術とは?
 ③整理の3大効果
 ④整理上手への3つのステップ
 ⑤収納する時のポイント
◯第2部「家事育児分担可視化ツール「ハッピーシェアボード」で家事タスクについて考えよう!」
 ①ハッピーシェアボード紹介
 ②ペアで自己紹介(名前、家族構成、好きな家事、嫌いな家事)
 ③ハッピーシェアボード実践
 ④ハッピーシェアボードグループシェア・発表

当イベントは、快適な新年度を迎えるために、部屋片づけや無数にある家事タスクのイライラうんざりの感情を「思考の転換」によってスッキリさせようという主旨で企画しました。「収納」と「家事」にフォーカスを当てて、2部制にしました。

第1部「収納用品はもう要らない!3つのステップで片付け上手になるミニマム収納セミナー」」/ 寺尾 江里子(収納アドバイザー)

第1部の収納パートは、ミニマム収納術®を考案された寺尾江里子先生に講師を務めていただきました。

1. ミニマム収納術®とは?


ミニマム収納術®
とは、収納用品やテクニックに頼らない「本当に必要なモノ」だけを先に選び取るスキルを身につけるお片付けメソッドです。
「捨てるモノ探し」から脱却し、「本当に必要なモノ だけ選び取る」スキルを高めます。

大量の「モノ」であふれた部屋を片付けたい!と思った時、つい収納グッズを買ってしまいませんか?
寺尾先生のメソッドは、新たに収納グッズを買うことは薦めません。思考の転換で部屋を片付けます。

2. 使うモノと使わないモノを区別をする

整理上手へ3つのステップは、
1. 分ける (区別する)
2. 選び取る(減らす)
3. 数(上限)を決める
だそうです。

ステップごとに思考法があります。
寺尾先生がとてもわかりやすく説明してくれるので、聞いているだけでついつい「わかったつもり」になってしまいます(笑)

そこで出てくるのがワークを使ったトレーニングです。

ワーク① 事実と感情を分けてみよう!

  • 高かったけどこの3年間一度も着ていない ブランド品のコート
  • 誕生日に父にもらってから10年間一度も使っていない万年筆
  • 去年の福袋に入っていたあまり気に入らなくて着ていない新品の値札付きスカート
    ・・・

上の文章には事実と感情が含まれています。どの部分が事実でどの部分が感情かわかりますか?

ワーク② ◯◯の数を決める

例えばあなたの靴下。「靴下なんていくつあってもいいんじゃない?」と思うかもしれませんが、ミニマム収納の思考法では残念ながらNGです。

  • どんな種類が必要ですか?
  • どんなシーンで使いますか?
  • どのくらい頻繁に使いますか?
    ・・・

上のような質問に答えて、いろんな角度から自分にとって本当に必要なものの数を考えていきます。

このようなワークをしながら、楽しくミニマム収納術を身につけることができます。
ひと通り学んだら、すぐ家に帰って実践したくなりますよ^ ^

第2部「家事育児分担可視化ツール「ハッピーシェアボード」で家事タスクについて考えよう!」/ 松本 璃奈(NPO法人ジェンダーイコールメンバー)

ミニマム収納の次は、ミニマム家事です。
今回はジェンダーイコールの大学生メンバー松本 璃奈(まつもと りな)さんに初講師を務めていただきました♡

家族と暮らしや1人暮らしに関係なく、多くの方が家事ストレスを感じた経験があるのではないでしょうか?

家事ストレスの原因の一つに、「◯◯しなければならない」、「◯◯はこうあるべきだ」といった思い込みがあると思います。

この思い込みに気づくために、家事の見える化ツール「ハッピーシェアボード」 を実践します。

ハッピーシェアボードを実践することで、下記3つの効果を感じることができます。

  1. 家事分担のバランス整理
  2. 名もなき家事の認知
  3. やりすぎ家事の見直し

一緒に住んでいるパートナー同士で実践すると、家事分担率の違いを視覚的に把握することができます。また、知らない人と実践することで、自分と相手との価値観の違いを認識することができます。たとえば、自分は毎日洗濯をすることが当たり前だと思っていたけど、相手の人は週2回だったり。こういう違いを知ることで、「◯◯しなければならない」、「◯◯はこうあるべきだ」という思い込みは自分の固定観念であることに気づきます。

ハッピーシェアボード実践風景

参加者の感想

 

ミニマム収納

  • いままで挫折してばかりの”整理”ですが、本人の気持ちの判断が大きいと感じました。今回教わったことを反映したいです。
  • 今日帰宅したら早速実践してみたいです。
  • 要る要らない→使う使わない の意識改革は大事と思った。分かりやすくコツを教えて頂きありがとうございました。
  • 感情と事実の区分けなど、上限数を決めることも大変参考になりました。早速やってみようと想います。
    etc・・・

ミニマム家事

  • フルに働いてきたせいか(いまはボランティア)自分でずいぶん家事をラクにしているな・・と感じました。
  • ハッピーシェアボード、初めて知りました。視覚化すると分かりやすいと思いました。
  • 見えない家事の可視化ボードを廉価で提供、販売して頂けるといいなと思った。又、家事分担の仕方のアイデア、小冊子、HPなどもできると、悩んでいるママやパートナーの方にもよい助けになると思う。
  • ハッピーシェアボードのワークでほかの家庭のバランスを知り、よかったです。
    etc・・・

参加者のみなさまにいろんな気づきを感じていただけたようで大変うれしく思います。

まとめ

今回、東京都北区地域づくり応援団事業「家庭内の家事分担におけるジェンダーギャップ解消事業」の1つとして、当イベントを開催させていただきました。
このような機会を作ってくださった北区には感謝の気持ちでいっぱいです。
この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。
収納や家事ストレスによるイライラうんざりの感情がもし1日30分あるとすれば、1週間で3時間30分、1ヶ月15時間。そして1年に換算するとなんと180時間です。このイライラうんざりを「スッキリ」に変えることができたらなんて素晴らしいことでしょうか。そんな思いから企画しました。
参加者の方に少しでもスッキリした気持ちになっていただけたら幸いです。
またこれからもみなさまに喜んでいただけるようなイベントを企画していきたいと思います。
今後ともジェンダーイコールをどうぞよろしくお願いいたします。

 

「女性活躍」はキモチワルイ? – 新しい言葉をみつけよう │ MASHING UP イベントレポート

えりこ
異なる業種、性別、国籍、コミュニティの人々が「マッシュアップ」することで、新しいネットワーク、新しい一歩、新しいビジネスを創出できる化学反応を促すカンファレンス「MASHING UP」。
東大2019年度入学生の祝辞で話題になった上野千鶴子さんがゲストスピーカーのセッションを聴講してきました。

「女性活躍」はキモチワルイ? – 新しい言葉をみつけよう

このセッションタイトル。私自身も普段から周囲に「女性活躍」という言葉が嫌いだと伝えています。
行政や企業が叫ぶこのワードの裏に、女性には仕事も家事も育児もがんばってもらいたいという裏メッセージが見え隠れするからです。
さて、上野さんは当セッションでどのような発言をされるのでしょうか。

「ダイバーシティ」は男女均等を口にしたくないオッサンが広めた!?

「男女均等」と「ダイバーシティ(多様性)」は基本的に違う。それなのに「男女均等」や「男女平等」という言葉を口にしたくないオッサンたちがダイバーシティという言葉でごまかそうとしている。上野さんはそう断言されました。
内閣府男女共同参画局の用語集にある「ダイバーシティ」の説明文には、

性別や国籍、年齢などに関わりなく、多様な個性が力を発揮し、共存できる社会のことをダイバーシティ社会といいます。

とあります。
確かに「多様性」という言葉は聞こえが良いですが視点が男女から逸らされます。視野を広げて男女平等の濃度を薄めているように見えますね。

男女雇用機会均等法は「テーラーメイド」

上野さんの仲間の研究者である大沢真理さんは、均等法を「テーラーメイドの法律」と呼んだそうです。テーラーメイドとは「紳士服仕立て」の事。自分の身の丈に合わない紳士服を着て男と同じように振る舞うしか企業では生き延びていけないという意味です。上手い表現ですね。
当セッションのモデレーターであるビジネスインサイダージャパン編集長の浜田敬子さんは、自分自身がそのように生きてきたことを反省していると仰っていました。
そしてもう1人のゲストスピーカーである若手代表の石井リナさんは「今の世代も同じような価値観が再生産されている。自分が勤めていた会社は男性化した女性しか上におらず、同じような働き方をしなければいけないというマインドがある」と話しました。

「男性化した女性」って何?

ここで、私の意見を言わせてください。
「男性化した女性」って何でしょうか?
仮に「男性化した女性」というロールモデルがあったとしても、ただの選択肢の一つです。
現代社会では本当に多種多様な仕事や働き方の選択肢があります。選択肢が一つしかないと思うのであれば、それは「社員病」です。会社というものは、その箱の視点でしか物事が見えづらい環境になるものです。自分の視点が狭いことを棚上げして、自分に合わないロールモデルを指差し、「働く女性とはこういうものだ」と決めつけて諦めるようでは、そもそもその人の成長は見込めないでしょう。
今の日本女性に足りない部分は、「自分自身で新しいロールモデルを作り出す」という強いリーダーシップです。昔の時代とは訳が違います。手段はいくらでもあるはずです。

ゲストスピーカーの秋田さんはこう続けました。

「飲み」と「タバコ」と「ゴルフ」。男性の助け合いの場であるこれら輪の中では、重要な情報交換の場になっている。この輪の中に入れない女性は疎外されてしまう。その積み重ねが女性のハンデになってしまう。

果たしてそうなのでしょうか?
そもそも、「飲み」、「タバコ」、「ゴルフ」は男性で得意な人が多い傾向にあるコミュニケーションなだけです。女性だってこの選択肢を選べるし、嫌であれば他の選択肢を作れば良い。今はそれができる世の中です。
「誰とつきあうか」を意識し、「信頼関係を構築」すれば、仲間同士であれば、重要な情報は共有されると思っています。それができないような相手は、そもそも仲間ではなく、あなたの価値に気づかないようなレベルの人です。
クライアントとのコミュニケーションであれば、確かに「飲み」の手段は有効です。私もよく会食には参加するのでよく分かります。
私はタバコを吸いませんし、ゴルフもやりませんが、やればそれなりに世界が広がるんでしょう。
でも、それ以外のコミュニケーション方法だっていくらでもあると思うのです。

今、ここにいる人たちは日本を変えたい人たちです。ですが、変える力のない人たちです。

以前、カルビー松本会長が放たれた言葉だそうです。誰に向けた言葉かはわかりませんが、今あなたは「女性に向けた言葉」として思い浮かべませんでしたか?
これがジェンダーバイアスです。そして恐らく女性に向けた言葉なのでしょう。
松本会長がおっしゃるとおり、変える力が無ければ日本は変わりません。
日本は圧倒的に女性のリーダーが不足しているのです。

強制力を持たない「クオーター制」で社会が変わった例はない

浜田さん:以前政府は、女性管理職の目標数を挙げていたが、いつの間にか引っ込んでしまった。これはどういうことか?

上野さん:引っ込んだんじゃない。経営者団体に引っ込めさせられた。自民党は先の参院選で、2018年に施行された候補者男女均等法を全く守る気がなかった。立憲民主党45%に対して、自民党は15.7%。やる気がない。
はっきりわかっているのは、強制力を持たない「クオーター制」で社会が変わった例はないということ。
今私たちが知っているジェンダー先進国と呼ばれるフィンランドや北欧諸国を見たら、「強制力を伴うクオーター制なしで変化した社会はない」。
故に強制力を持って数を増やすことは絶対に必要だと思っている。

若い女性自身が今の男性社会に過剰適応してしまっている。

浜田さん:私自身も過渡期には数が必要だと思っているが、それを言うと周りの女性から「それは上げ底ではないですか?」という意見が出てくる。若い人の自信のなさが印象的。男はさんざん上げ底されてきたんだから、女性がちょっと上げ底されて何が問題なのか。

石井さん:知人の女性経営者が「そういう風に数で決めてしまうことで、スキルの無い女性が上に立つことも私は不服」と言っているのを聞いてショックだった。女性自身が男性社会に適応してしまっている。

上野さん:おっしゃるとおり日本社会はこれまでさんざん男性が上げ底されてきた。女性が少し位上げ底されて何が問題なのか。今の企業は無能な男を守る組織。企業は無能な男の不良債権をいっぱい抱えているんだから、少々無能な女性の不良債権を抱えても良いではないか。

浜田さん:女性は若くても過剰適応してしまっている。管理職になった女性たちもその不安を抱えている。研修で「絶対自分より仕事ができないと思っている同期の男性が先に課長になってしまったらどう思う?」と具体的に言うと初めて顔色が変わる。
漠然と考えてるから「私はもしかしたら能力がないのかも」と思ってしまうんだと思う。いかに男性が自然に管理職になってきたのか、女性の置かれている立場がいかに差別されているのか、もっと具体的に知る必要がある。

「女性活躍」以外の言葉は必要か?

浜田さん:例えば「人材の多様化」に言葉を置き換えることで問題は解決するのか?

石井さん:逆にふわっとしてしまって、女性の本質的なところは解決しない気がする。

秋田さん:Adobe社はかなり「人材の多様化」寄りになっている。男性女性だけでなく、LGBTも人種も国籍もいろんなものを含めて、それらが1つの場所にいて影響しあう事がものすごい活力になり生産性がアップしている感覚を肌で実感している。ただ、「女性」テーマで考えると問題は少しふわっとしてしまう。問題の本質が「男女」というところに日本企業がまだまだ追いついていない事を考えると、この表現に行くにはまだ早いのかなと感じる。

上野さん:「多様化」「ダイバーシティ」ははっきり言って、「男女均等」「女性活躍」を言いたくがないためのごまかし。一番良いのはこんな言葉が無くなってしまえば良いということ。だとすれば男女均等を実現しろと言う事をきちんと言っていかなければならない。

男性の育休取得義務化

上野さん:「ダイバーシティ」と言うと、テーラーメイドスーツで働ける人にとっては何の問題もない。しかしなぜ、「男女均等」では女性が働きにくくなるかというと、「家庭責任」がのしかかってくるから。なんで24時間も放っておいたら死んでしまうような赤ん坊の事を、女性は自分の人生の最優先課題になるのに、男性はならないのかが本当に理解できない。
育休法で「男性の育休取得義務化」が法案に出てきそうだが、やったら良いと思う。

浜田さん:さっきの「数」もそうだし、ある程度の強制力が必要。

秋田さん:自分は結構出張が多いので、夫や長男が腕まくりをして下の小さい2人を育てていたりする。そういう環境下に置かれると、男だから女だからというマインドセットが全くない。ある程度の強制力をもって、男性も女性と同じように家事や育児、あるいは介護の実践を実際にしてみる。そこに入っていくことによって、目指すべきものが見えてくると思う。

上野さん:そういう環境だとパパと子どもたちの関係が良くなると思う。そうでない環境の家庭では、子どもが10代になる頃までに子どもは父親を見放している。成人したらさらに父親から離れる。家事育児に関わらないツケは将来に絶対に回ってくる。

女性たちは夫との交渉が一番苦手

浜田さん:実は私も含め、会社の女性社員たちは会社には交渉できるが夫との交渉が一番苦手。夫を変えることが一番苦手だと思っている。夫に遠慮してしまう結果、ワンオペになっている。

上野さん:なぜ?夫のいない私にとっては全く理解できない。夫を変えられなくて、会社を変えられる訳がないんじゃないの?と思う。

浜田さん:そうなんだけど、みんなすごく遠慮している。夫に頼めない結果、会社を辞めていく。育休から復帰して1年経って辞めていく女性たちに理由を聞くと、「夫が長時間労働で、これ以上夫には(家事育児)を頼めない」と言う。夫に「転職して」とか「早く帰ってきて」というのではなく、自分のキャリアを譲ってしまう。

石井さん:自分の周りにもそういう女性が非常に多い。

上野さん:うちの卒業した元東大女子たちは、夫と交渉せずに諦めた結果、不平不満がなくなっている訳ではない。ここにこんなにどす黒く溜まっている。そして「もういいんです。私たち終わっているから。もう期待していないから」という。だから私は「そんな終わった男とこれからもセックスするの?」と聞く。

オススメは「家事育児の見える化」

秋田さん:外の仕事をこれでもかとやって帰ってきて、家に帰ってきても山のように家事育児のタスクがある。週末もある。これは、寝っころなりながら、ビールを飲みながら、テレビを観ながらだと見えない。悪意がある訳ではなく、実際に分かっていない。だとしたら、「あなた方(夫や子ども)が寝っころなりながら、ビールを飲みながらやっている間にこれだけのタスクが溜まっているんです。これを私がやっているんです」と見える化する。すると結構相手に衝撃を与えられる。
そして、「これを全部私1人で維持するには限界があります。一部アウトソースするのか、一部あなた方に担ってもらえないと持続できない。だからあなた方に担ってもらえませんか?」と公平な形にしていく。実際に自分はものすごく細かく見える化している。

上野さん:そこまでやらないと男は分からない位鈍感なの?(爆笑)

最後に

(聴講者からの「私の世代は男女含めて管理職に魅力を感じないんだがどうすれば良いか?」という質問を受けて)
秋田さん:権限をもつと、それまでと違った地平線が見えるようになる。何かやりたいことがある時に、管理職になることによって、誰にどうもっていけば通せるかもしれないという物が見えるようになってくる。それが大変だったとしても、やり遂げられた時に「テイクして良かった」と思える。自分で考えたことが、自分のチームで形にできていくことに楽しいと思える喜びの瞬間は絶対にある。面倒くさいこともあるが、そこにたどり着いてみないと見えない地平線が必ずある。だから男性であれ女性であれ、若い方がチャレンジすることを願っている。

石井さん:上の立場になると、そのレイヤーの人と対等に話ができるようになる。会えるようになる。交渉しやすくなるということを明確に感じる。そこはすごくメリットかなと感じる。

上野さん:みんな、権力の密の味を味わったことがないのねと思う。権力は善用にも悪用にもできる。私はこれでいいわとまとまってしまったら、それ以上の成長はない。やっぱり仕事を通じて自分が成長できる、何事かを達成する。この喜びは何者にも代えがたい。これは一旦経験したら味をしめる。達成感とか何事かを成し遂げたというポジションを女性たちが味わっていないからそういう発言に繋がるんだと思う。

浜田さん:同世代の男性の昇進欲が下がっているならチャンスだと思ってほしい。

田渕所感

私は常日頃から日本のジェンダー平等社会の実現に「女性のリーダーを増やすこと」が一番重要であると考えています。
カルビーの会長が仰るように、意思決定権を持たないと社会は変えられないのです。意思決定権のトップは政治です。その政治分野のジェンダーギャップ指数(2018年)のスコアは0.081でした。この指数は「1」が完全平等で「0」が完全不平等を表しますので、0.081はほぼ「完全不平等」という結果を示しています。要は日本の政治において、意思決定権はほぼ男性しか持っていないということです。これを覆すには、まず男性と対等に戦う女性のリーダーを増やすことが最重要課題だと考えます。女性に高下駄を履かせてももちろん良いと思いますが、幼少期からのジェンダー平等教育、リーダーシップ教育も並行して進めていくことが重要です。性別に関係なく、何でもチャンレンジできるという事を伝えて、自己肯定感を持ち、本質を見極める力を育むことが最も大切だと思うのです。

そして、それだけでは足りません。男性が当たり前に家事育児を担う社会を同時に作り上げる必要があります。これができて、初めて女性リーダーが増えるのです。

秋田さんの仰っていた「家事育児の見える化」は我々NPO法人ジェンダーイコールが開発した家事育児分担可視化ツール「ハッピーシェアボード」の必要性を改めて感じることができ、うれしく思いました。ちょうど来月12月8日(日)に北区男女共同参画活動拠点施設「スペースゆう」(王子駅直結北とぴあ5F)にて、「ハッピーシェアボードで「名もなき家事」をシェアしよう!」を開催します。近々イベントの告知ページを公開しますので、興味のある方はぜひ家族でご参加ください。

はじめて、ナマ上野千鶴子さんの講演を聴講することができ、光栄でした。
ありがとうございました!!!

あいちトリエンナーレに行ってきました!

こちらの記事で企画発表会に参加させていただいたあいちトリエンナーレ
「表現の不自由展・その後」、ネットニュースで見ない日はほぼなかったですね、、
再開されるタイミングを待っていました。


この床の飛行機のペイントも作品です!

先に言っておくと「不自由展」は当選せず見ることができませんでした。残念!
昼頃着の日帰りだったので豊田市の会場には行けなかったのですが、他の3区域の作品はほぼ見て回ることができました。
津田監督も企画発表会で「ユーザーファーストであることにこだわった」とおっしゃっていた通り、どの作品にもわかりやすい背景解説が書かれていて、アーティストがどんな気持ちで何を伝えたくて作品を生み出したのか頭に入れながら鑑賞できます。

現代アートってなんだか難しそうでちゃんと観たことがなかったのですが…
どんな作品も誰かが何かを伝えたかったり、問題提起したかったり、知って欲しかったり。その表現方法の1つとしてアートを選んでいるんですよね。

本当にどの作品も素晴らしくて、1つ1つ心に残っていますが、そのうちのいくつかを紹介します。

孤独のボキャブラリー/ウーゴ・ロンディノーネ


キービジュアルにも使われているピエロの展示。
人間が1日のなかで行うふるまいを45体のピエロで表現しています。
フォルムが本当の人間のようなんですよね〜 展示室に入ったときアルバイトの人かと思いました。

一体一体がちょっとやる気ない感じなんですよね(笑)可愛いです。

The Clothesline/モニカ・メイヤー


性差別やセクハラについて、来場者によって書かれた匿名のエピソード。
なんと40年以上前から世界各国で行われてきたプロジェクトなのだそう。
知らない誰か、でもどこかにいる誰かのリアルな体験が生々しく書かれていて、胸が痛くなります…
どんな形でも、傷ついた体験をアウトプットすることは大切だと思います。それがこうやって可視化されることで、「ジェンダー差別なんてない」と目を瞑る人が減っていくといいなと思います。

ラストワーズ/タイプトレース/dividual inc.


タイピングのプロセスをトレースできるソフトウェアによって記録された、ネットで集められた遺言がモニターで流れています。
書いて、消して、止まって、書き直して… 出来上がった文章を見るだけではわからない、執筆者の心の動きが伝わってくるようで、怖いような優しいような悲しいような複雑な気持ちになります。

1996/青木美紅


数年前に、自身が人工授精で生まれてきたと親から伝えられたアーティストが、同じく人工的に誕生したクローン羊のドリーと、障害があることを理由に不妊手術をさせられそうになった女性のルーツを巡り製作。
「人工的な生(与える/奪う)」について想いを巡らせた作品です。
一部屋を使ったインスタレーションで、南米かどこかの民族のおうちみたいな感じですごく可愛くて、ノスタルジックな感じもする不思議な空間でした。
写真がかわいく撮れませんでした…

43126/タニア・ブルゲラ


こちらも部屋全体を使ったインスタレーション。
難民の数を表すスタンプを押されて展示室に入ると、ガラスの向こうにはメンソールを充満させた空間があります。それは、社会問題を数値で見せられても何も感じない人たちを、メンソールの刺激によって強制的に泣かせるための空間(!)
すごい発想!アートってすごいなと思いました!

「輝けるこども」/弓指寛治

登校班の6人の小学生が亡くなった自動車事故をモチーフにした作品。
油絵は色使いがとても鮮やかで、生前の子供達や、授業で書いた詩や、彼らの好きだったことが文字や絵でちりばめられ、キラキラ輝いています。同時に、自動車の危険性を表現する作品もあり(怖い)、部屋を歩いていくことでストーリーをつなげていくインスタレーションです。
ちょっと感情を揺さぶられすぎて写真を撮るのを忘れました。
本当に開催地の端っこにあって… 思わずスルーするところでしたが本当に行ってよかったです。

あいちトリエンナーレとジェンダー平等

「不自由展」を見ることができなくても、十分以上に満足できるアートフェスティバルでした!
「再開しました」と多くの作品に掲示されていましたが、これはつまりほとんどの会期で見ることのできない作品が多数あったってことですよね、、本当にもったいないですね。

わたしは、傷ついたとか嫌な気持ちになったとかおかしいと思うとかの感情は、きちんと言語化したうえで、相手に伝えるなり発信するなりしたほうが絶対にいいと思っています。泣き寝入りは、ほとんどの場合その場しのぎの対応にすぎないとも思います。
なので、「不自由展」に展示された作品そのものや、モチーフや背景に不快感を感じた人が抗議をすること自体は全く問題ないと思います。
でも、脅迫はダメです、絶対。非生産的すぎます。そして過剰な業務妨害もダメです。

さて。このトリエンナーレをなぜジェンダーイコールのコラムで紹介するのか。
それは、あいちトリエンナーレの参加アーティストでジェンダー平等が達成されているからです。

これから先も、この芸術祭が話題に上がるのはほぼ「不自由展」がらみのことでしょう。「不自由展」が騒動になったとき、今回あいちトリエンナーレの取ったジェンダー平等に向けた取り組みのことがかき消されてしまった気がして残念だなと思いました。
ですが、ジェンダー平等は事実としてトリエンナーレの根幹にあります。
それが話題にならず当たり前になることが本当のゴールです。

あいちトリエンナーレの作品を見て、本当にどれも素晴らしいと思いました。特に心に残った作品のアーティストを調べてみても、ほぼ男女半々になると思います。
アファーマティブアクションによって、プロジェクトのクオリティは落ちない。それをあいちトリエンナーレでは証明しています。

残り会期ほとんどなくなってしまいましたが、あいちトリエンナーレ、ぜひ足を運んでみてください。

あいちトリエンナーレ企画発表会 – アート業界とジェンダー平等

あいちトリエンナーレは、今夏(2019年8月1日〜10月14日)、名古屋市と豊田市の美術館およびまちなかにて実施される日本最大規模の芸術祭です。
2010年より3年おきに開催されていて、今回で4回目の開催になります。

今回、あいちトリエンナーレで芸術監督を務めるのが、ジャーナリストの津田大介さん。
テーマは、「情の時代」。
感情・情動、情報、根源的な情・情け。英語では “passion” で、情熱、受難。
「情」というワードの持つ多義性に注目しコンセプト設定したそうです。タグクラウドはこんな感じに。

さて、このあいちトリエンナーレの記者会見に、なぜわたしたちジェンダーイコールが参加したのか。
それは、今回のトリエンナーレ参加アーティストにおいて、いわゆるアファーマティブアクション・ポジティブアクションによるジェンダーの平等が達成されているからなのです。

芸術祭とジェンダーにどんな関係が?

津田さんが芸術監督として、アーティスト招聘方針にアファーマティブアクションを打ち出したきっかけ。
それは、昨年の医大女子受験生差別の問題でした。
このニュースに強い衝撃を受けた津田さんは、一連のジェンダー問題にアート業界も反応すべきではないかと感じたそうです。

後述しますが、実は、アート業界は(というか、アート業界も)かなり男性優位社会なのだそうです。
「世界中でこれだけたくさんの芸術祭が開催されているのに、なぜ、不自然に一度たりともジェンダー平等が達成されてこなかったのか?」
それは、ガラスの天井があるから、と津田さんは言い切ります。

これは放置していていい問題なのか?
女性に対してエンパワーしていくこと、アファーマティブアクションをやっていく必要があるのではないか?
そう考えた津田さんは、今回のトリエンナーレでジェンダーの平等を達成することを宣言します。

そこで、真っ先に名前が挙がったのが、メキシコのフェミニスト・アーティスト、モニカ・メイヤー氏。
ただやはり内部で、「抵抗感を持ったり敬遠する人もいるし、、トリエンナーレ自体に色がついてしまうと難しいよね」という議論になり、なかなか進まなかった。
ですが、やはり日本の人たちにアートを通じてジェンダーの問題を考えてもらいたい!とメイヤー氏の採用を決断。

その後は、テーマに合った女性作家をどんどん採用していったら自然と男女6:4くらいになっていたのだとか。
「数合わせのために無理に採用していったのではない」はとても大事で、気づいたら少しずつバランスが取れてきていて、そこから完全平等に向けたアクションを取っていったということでした。

参加アーティストの最終的な男女比は31:32。
コレクティブ(グループのアーティスト)は置いといて… と例外を作って、後から「やっぱ50:50じゃないじゃん」となりたくなかったという津田さん。並々ならぬ意気込みを感じます..!

一方で、世界的にもジェンダー平等の流れが各所で起こり始めているという背景も。
Power100という、アート業界に最も影響力のあった人物のランキングで2018年の3位は #metoo。
ハリウッドでは、50502020というアクションが打ち出され、多くの映画祭が賛同し活動が始まっているそうです。
ベネチアビエンナーレでも同様に、今年初めてジェンダーの平等をほぼ達成。

ジェンダー不均衡を解消しようとするアクションは、アート業界における世界潮流になりつつあるということでした。

アート業界におけるジェンダーギャップ

歴史的に、女性が男性と同等の権利を与えられない時代が長くあったことは事実で、それは表現のフィールドでも同じです。
知っている画家を挙げて!と言われて出てくる有名な人は、ピカソとかゴッホとかモネ、、ほぼ100%男性ですよね。
そんな歴史があって、結果的に美術館のコレクションにおける男女比に偏りがあるのは、まあ仕方がないことのように思えます。

ですが、現代アート業界においても変わらず男性優位の構造が成り立っているそうなのです。
ほとんどの国際芸術祭に採用されるアーティストは7-8割が男性。
しかも日本の美大では、新入生の7割程度が女性であるにもかかわらず(!!)

知らなかった..!
進路選択の時点から既に男女比に著しい偏りのあるSTEM領域よりもさらに根深い不平等構造が見えます。

なぜ、入り口の男女比が実社会で維持されない、それどころかむしろ逆転してしまうのか。
それは「選ぶポジションにいる人のほとんどが男性だから」だそうなのです。
例えば、美術館の学芸員は66%が女性ですが、館長は85%が男性。
東京藝大の男性教員は85%が男性(これでも以前よりは女性の比率が増えたらしい)。
教員がほとんど男性だから、持ち上げられて業界に出て行けるのも男性、それが成り立つというのも相当危険ですよね、、

ともかく、女性プレイヤーがじゅうぶんいるにもかかわらずジェンダー不均衡の構造が根付いているアート業界。
だからこそ、芸術祭そのものの質を下げることなく平等を達成することはできるし、やるべきだと、今回の決断に至ったということでした。

「認知」と「行動」

ジェンダー平等、わかりやすく言うところの「男女平等」について、どのように取り組んでいくべきなのか。
それには、以下の2ステップが必要になると思っています。

「認知」: ジェンダー不平等の現状を知り、認める
「行動」: 解消に向けて実際に行動を取る

特に強く感じるのは、初めのステップの「認知」が実はとても難しいということ。

  • 先進国の日本で、差別なんてない。
  • 男女に違いがあるなんて当たり前。差別じゃなくて区別でしょう。
  • レディースデーとか女性専用車両もあるし、女性だって優遇されているじゃないか。
  • 日本では出生選別もされないし、進学率も同程度。働こうと思えば働ける。頑張れば出世だってできるだろう。
  • 差別だなんだって訴えている人は、本人の努力不足・能力不足。
  • 働きたくない女性も多いんだから、平等なんて目指さなくてもいいのでは?
  • なんかめんどくさそうだから距離置いとこう…

このように考えている人ってけっこう多いのではないかと思うのです。
(わたし自身も、ワーキングマザーになるまではジェンダーギャップを実感したことはほとんどなく、自分事ではなかったが故に問題視したこともありませんでした。)
だけど、世界的に見れば、日本のジェンダー平等達成度ランキングは、半分よりもはるかに下。欧米諸国はもとより、あまり女性が社会進出をしているイメージのない国、たとえば中国よりもインドよりも下であることは事実です。
そして、平等でない状態が「個人の選択」として矮小化され、結果的にどちらの性にとっても人生の自由度を下げているということも事実だと思います。

問題を問題として認識し、テーブルに乗せなければ、議論を始めることすらできません。
現状が均衡の取れた状態と考えている人に、いくらジェンダー平等の必要性を伝えても、過剰に権利を主張していると捉えられてしまう。
ここが、フェミニズム的な考えがなんだか触れてはいけないもののようにされている原因のひとつとなっているのではないでしょうか。

でも、ジェンダー平等を目指すということは、津田さんが今回取り組まれているように、不自然に偏っている状態からバランスを取るためのアクションなんです。

繰り返しになりますが、津田さんは、昨年問題となった医大の女子受験生一律減点のニュースを見て、ジャーナリストとして大きなショックを受けたそうです。
そして、ご自身の力の及ぶフィールドで問題提起し、解決に向けて具体的に行動を起こしたいと考えた末、今回の「あいちトリエンナーレ」におけるジェンダー平等を達成しようという結論に至ったということでした。

津田さんはおそらく、ジェンダー問題の直接的な当事者でも、いわゆる「フェミニスト」でもないと思います。
だからこそ、問題を「認知」してから、素早く客観的かつ多少強引な部分もありつつ有効性のある「行動」をとることができたのではないでしょうか。
こういった動きが増えていくことによって、社会は加速度的に変わっていくのではないかと感じました。
できるところから確実にジェンダーの平等が達成され、他の分野にも波及していけばいいなと思います。

あいちトリエンナーレは、”Art Lover” だけでなく、たくさんの人たちに来てもらいたいとのことで、とにかくユーザーファーストであることにこだわり、参加のハードルを下げるための多くの工夫がなされているということでした。
わたしもぜひ愛知県まで足を運んでみたいと思います。

たくさんの人に、アートの純粋な素晴らしさと、津田さんの想いが伝わることを祈って。

品川女子学院の校内イベントに参加しました!【後編】

こんにちは!ジェンダーイコール篠原です。
先日公開した品川女子学院の生徒さんとお話ししてきました!、いろんな方から読んだよ、と言っていただきとても反響が大きかった記事です。
実は、彼女たちとはその後も何度かお会いしていて、お付き合いが続いています。
先日、学校にて生徒さん主催の保護者様向けのイベントが開催され、ゲストスピーカーとして登壇させていただきましたので、その時の様子をお伝えします!
前編はコチラ

トークオーバーシートワークショップ

わたしもやってみました。生徒さんたちの開発した、家事分担の可視化ツール・トークオーバーシート。
縦軸に「労力」、横軸に「頻度」を取り、家事タスクのシールを貼っていきます。
このツールの最大のポイントは、「労力」の軸があることだと思います。あえて定性的・主観的な指標を入れることで、それぞれのプレイヤーの意識を可視化することができます。

(↑わたしがブルー、夫がオレンジです)
うちはそれこそ幾度となく超醜い泥試合を繰り広げ、家事育児の均等配置を目指して何年も何年も調整してきましたので、、
「重いけど頻度の低い家事(=半年や年一レベル)」と「高頻度で負荷の低い家事(=ルーティン化されている家事)」が多く、比較的最適化されているのではないかと思いました!
あとは、自分は重いと感じていた子どもとのお風呂に対して、夫は楽しんでいるからそんなに大変だと思っていなかったなど、同じタスクに対しても認識の違いがけっこうあることがわかりました。

そして、今回初めて気付いたのが、お互いに高負荷と感じていて、かつ頻度も高い「ラスボス家事」が存在すること。それが「洗濯物畳み」と「食器洗い」です!
これ、洗濯乾燥機・食洗機という現代の利器を投入しフル稼働しているにもかかわらず、なお倒せていないんです、、また、料理や掃除などと違って、比較的家族の人数と仕事量が比例しやすい家事でもありますね(うちは人数が多いうえに保育園児が2名いるため着替えも多い)。

、、、と、これまで散々家事分担と省力化に対して検討してきたわたしでも大きな発見をすることができました。
この後、洗濯物畳みは子どもでもできるだろうということで、テレビでも見ながら畳んでもらうようにしたんです。自分のぶんだけでいいんです。ただ、タンスにしまう所(超重要!いいとこ取りは家事ではない!)まで。
週末山のように溜まっていた洗濯物が、嘘のようにというと嘘ですけど(笑)、今までよりははるかに楽に片付くようになりました。

参加者の方は…

さて、ご両親で参加されている方、お子さんといらしている方、単独の方。それぞれトークオーバーシートを実践し、その後近くの席の方とディスカッションする流れでワークショップが行われました。

実践後の参加者の方々の声を紹介させていただきます。
シートについての感想やアドバイス、ディスカッションの内容、ご家庭のルールやそれぞれの想いなどについて自由にお話しいただきました。

「うちは家事はポイント制にしてあり、都度話し合いと修正をしている。」
「子供が大きくなるにつれて総量が減っているなと実感した。」
「タスクに対して感じる重みが家庭によって違うと思った。」

まずは人間同士が一緒に住むという前提ですよね。男女ともに意識を持てるようになるとよい。」
「このような試みが男性の目に触れるように。男子校などでやるとよいのでは。」
「子供のぶんのシールも貼りたい!お母さんがなんでもやってあげないことが大切。

「棚卸しをした感じ。見えなかった仕事が見えてきた。」
「家事をする時間にいないからと諦めていたけど、例えば作り置きなど、いなくても工夫すればできることもあると感じた。」

最後に、あるお父さんから、
「リストにオムツ替えとあったが、今となってはなくなってしまって、懐かしい。あの時やっておいてよかったなと思った」というお話しが出て、参加者の方々から「泣ける!!!」と喝采が。

中高生の保護者の方々ということで、自分よりも親歴が少し長い方々ならではのご意見を聞くことができてとても勉強になりました!
何より大切なのは、分担の結果よりも、大人がこうやって正面から課題に向き合うこと、そして、その姿を子どもたちに見せることなのかもしれません。
それが、負のループを次世代に受け継がせないことにつながると思うのです。

その後

彼女たちのプロジェクトは、校外のコンテストである賞を受賞し、今夏また海外で発表する機会をゲットしたんです!

プロジェクトの進め方やプレゼンの組み立て方は、もちろん先生方のご指導もあってのことですが、今すぐに社会に出ても問題ない(むしろプレゼン上手だね〜とか上司から言われる)レベルなんです。
ただ、これはわたしたちジェンダーイコールの活動でも日々感じることでもありますが、課題設定的には世の中みんなに理解してもらえるものではなく、さらに、たくさんの人に納得してもらえるソリューションを提供することが難しい課題ではあると思います。

しかし、一方で、こうやって各所で彼女たちのプロジェクトが目に見える形で評価されていることは、ジェンダーギャップが大きな社会問題であると多くの人が認めはじめていることの大きな証拠であるとも思うのです。
次々とステップアップして、問題提起の場をどんどん広げていってくれる姿は本当に頼もしく、感謝の気持ちでいっぱいです。

担当の先生が、今回の発表の場で「若い人が問題を発信することが社会を変えるきっかけになる」とおっしゃっていて、本当にその通りだと思いました。
四月からは受験生になるとのことですが、彼女たちならどの学校に行っても、その先どんな世界に出ても、信頼できる仲間を見つけて力強くやっていけることでしょう。ぜひ、これからもパワフルに前進していってほしいなと思います!

品川女子学院の校内イベントに参加しました!【前編】

こんにちは!ジェンダーイコール篠原です。
先日公開した品川女子学院の生徒さんとお話ししてきました!、いろんな方から読んだよ、と言っていただきとても反響が大きかった記事です。
実は、彼女たちとはその後も何度かお会いしていて、お付き合いが続いています。
先日、学校にて生徒さん主催の保護者様向けのイベントが開催され、ゲストスピーカーとして登壇させていただきましたので、その時の様子をお伝えします!

CBL

品川女子学院のカリキュラムの一環で、Challenge Based Learning=課題解決型学習。
具体的には、数人でグループを組み、自ら課題を設定し、研究・調査を経てソリューションを提案するプロセスを学習するプログラムで、品川女子学院では高校二年生の全員が体験するそうです。
ジェンダーイコールにお声かけくださったチームのテーマは、「家庭内男女格差」。詳しくは、前回の記事をご覧ください。
なんと今回、彼女たちのプロジェクトは無事校内のコンペを勝ち抜いて、めでたくオーストラリア行きの切符を手にしたんです!まさに有言実行です!すごい!!

家庭内ジェンダーギャップ解消のため、彼女たちが提案したソリューションのひとつは、トークオーバーシート(talk over = 議論する)。家庭内タスクの可視化ツールです。
それから、発信活動として、彼女たちにとっての身近な大人=保護者向けにプロジェクトの内容を知ってもらうために開催する今回のイベントもまた、ソリューションのひとつです。

今回のイベントでは、
1. 問題提起と調査内容及びソリューション提案に関するプレゼン、
2. ジェンダーイコールのトーク、
3. トークオーバーシートのワークショップ が行われました。

チームのプレゼン

コンペを勝ち抜いただけあって、内容的にも完成度が高く、堂々としたプレゼンで本当に素晴らしかったです!!
(ちなみに、全く別の場で別の生徒さんのプレゼンも拝見する機会がありましたが、ここの学校は生徒さんが人前で話すことや知らない大人に対応することにすごく慣れています。練習の繰り返しや、メンタルのコントロールについてもかなり指導されているのではないかと思います。結果的に、全体のレベルも相当高い。)

プレゼンの内容を抜粋してお伝えします。

問題提起

  • 兄がいるが、自分だけが女の子なんだから家の手伝いをやりなさいと言われることがある(実体験)
  • 医大の女子受験生差別(国内の社会問題)
  • SDGs にもジェンダー平等が挙げられている(グローバルイシュー・関心)
  • 某ハウスメーカーのCM(「ちょっと待ってって言わなくなったね」のアレです)(家事や育児は女性のものという世間の認識、メディアの姿勢)

社会的背景

  • 共働き世帯は増加傾向
  • フィールド調査
  • 校内保護者を対象とした Google form アンケートの集計結果。家事分担は 76 パーセントが妻。
    自由回答では、夫側は「お小遣いが欲しい時にやる」。妻側は「諦めている / 期待していない」。
    夫婦ともに家事分担が不均衡である自覚があるにもかかわらず、行動を起こす気がない。
    改善行動に動けていない。

  • (新聞記事を引用し)無償労働についての問題提起。このままでは、男女格差の解消に210年かかる。

仮説

  • 働き方改革、男女双方の意識改革が必要

ソリューション提案

  • トークオーバーシート(家事分担可視化ツール)の開発
  • イベント開催による問題提起 および PR
  • WEB サイト構築、SNS 発信、これらの多言語化による 対若年層およびグローバルな問題提起

どうでしょう。この内容を高校生がやるんですよ。
まずストーリーがきちんと成立しているところから、深さ・広さ的に適切な調査、十分に信頼できるソースからの引用、そこから導く仮説と解決案。
わたしたちの考えと通じる部分も多くあり、また、こちらが勉強させてもらった点もたくさんありました。

ジェンダーイコールのセクション

わたし自身三姉妹の母で、女子校にお子さんを通わせている保護者様とは「娘がいる」という絶対的な共通点があります。

ジェンダー格差を生み出す要因となっている「統計的差別」「家庭内格差」の二つの負のループについてお話しし、娘たちにはそのループに乗って欲しくないですよねというお話をさせていただきました。

統計的差別


家庭内格差


統計的差別・家庭内格差の負のループ。
いずれも、「家事や育児は女性が主で担うもの」という、いつの間にか勝手に置かれている大前提があって、それを合理化するループがすでに回り続けているのです。
確かに、この前提が合理的だった時代があったかもしれません。が、現代ではどうでしょう。
ともかく日本社会はこのループから抜け出すことができていない。これが、ジェンダーギャップを形成する要因のひとつとなっていると考えます。

プロジェクトメンバーの4名の高校生たちは、女子校という環境や学校の教育方針もあり、実生活でジェンダーギャップを感じることはおそらくほとんどないのではないかと思います。
でも、彼女たちにとって身近だった受験生差別問題をはじめ、周囲の状況や大人たちを見て、なんかおかしいな.. と感じている。

ここから先はわたしの推察ですが、彼女たちがこのプロジェクトを遂行するモチベーションには、「女性だからという理由で入試で不当に選別され、結婚すれば大半の家事を押し付けられ、正社員で働き続けても男性の7割しかお給料がもらえない。こんな社会に数年後の私達を放り込まないで!!」という願いがあるのではないかと思います。
そして、そんな社会を作ってしまったわたしたち大人は、そのメッセージをしっかりと受け取る責任があると思うのです。

〜後編に続きます〜